2024年4月20日土曜日

2024年4月21日 主日礼拝

前奏
招詞  コリントの信徒への手紙一 5章7節
讃美  新生讃美歌 10番 主のみ名により
主の祈り
讃美  新生讃美歌 4番 来たりて歌え
献金
聖句  出エジプト記12章1~13節
祈祷
宣教 「主の過越し」
祈祷
讃美  新生讃美歌 102番 罪にみてる世界
頌栄  新生讃美歌 671番
祝祷
後奏

今日私たちに、この礼拝の中で与えられた聖書の箇所は、旧約聖書の『出エジプト記』12章の初めの部分です。
過越(すぎこし)、と言われるユダヤ教の祝祭日の起源について、ここでは書かれています。キリスト教は、歴史的にはユダヤ教を母体にして生まれました。
現在でもユダヤ教にとっては、過越はとても重要な祝祭の一つです。しかし、キリスト者は、この過越を祝うということは致しません。しかし、この過越について知ることは、キリスト者にとってもとても重要です。
なぜなら、後にイエス・キリストが私たちの罪の贖いのために十字架にかかって死んでくださったことと、この過越には大切な関係があるからです。

過越についての定めが、主なる神によってイスラエルの民たちに伝えられた今日の聖書の箇所から、神のメッセージを私たち共に聞いてまいりましょう。
今日の箇所にモーセとアロンという人が登場します。モーセは、神に選ばれて、エジプトで約400年間奴隷生活を送っていたイスラエルの民たち(ユダヤ人たち)をエジプトから導きだす(救い出す)役目を与えられました。
私たちが今までの礼拝メッセージの中でも、何度か聞いてきましたように、神に選ばれてもモーセは最初何度も何度も「わたしには出来ません。誰か他の人を選んでください」と言って躊躇しました。
それでも神は忍耐強くモーセに語り続けられました。神はモーセに幾つかの奇跡(しるし)もお見せになり、確かに神がモーセと共におられる、神がモーセを遣わすということをモーセに知らせようとされました。
そして神は、「わたしは口下手ですから、誰もわたしの言うことなど聞きません」と言うモーセに、雄弁な兄のアロンを遣わし、「兄のアロンが、あなたに代わって、神の言葉を語る」と言われました。

モーセとアロンはエジプト王ファラオのもとへ行きました。出エジプト記5章から、モーセとアロンがエジプト王ファラオに話をする状況が描かれ始めます。
「イスラエルの神、主がこう言われました。『わたしの民を去らせて、荒れ野でわたしのために祭りを行わせなさい』と」モーセとアロンはファラオにこう言いました(5章1節)
しかし、ファラオは彼らの言うことを聞きませんでした。“ファラオが心を頑なにして、モーセとアロンのいうことを中々聞き入れようとはしない”ということは神によってあらかじめモーセたちに伝えられていました。
それからモーセとアロンは、神に命じられた通り、いくつかの災いをエジプトに引き起こしました。最初の災いは、7章で描かれている通り、ナイル川の水が血に変わる、という災いでした。

その後も、(ファラオが、なかなかイスラエルの民たちを去らせようとしないので)エジプト中に蛙(かえる)が群がる災い、ぶよとあぶがエジプト全土を襲う災いが起きました。
疫病の災いや雹(ひょう)の災い、いなごの災いや暗闇の災いなどの災いもエジプトに起こりました。
そのような中、ファラオは一つの災いが起こると、一旦はモーセとアロンの言うことを聞きいれようとします。しかし災いが去るとまた心を頑なにし、イスラエルの民をエジプトから去らせようとはしませんでした。
ファラオのそのような態度は、私たちの姿ではないでしょうか。私たちは、神の赦し、神の恵みを何度も経験しながら、神に救われながら、しばらくすると神の恵みを忘れてしまっていないでしょうか。
そして今ある恵みを認めることができず、神からの様々な恵みの賜物を、当たり前のもの、自分にとっての当然の権利だとさえ思ってしまい、神への感謝の気持ちを私たちは失っていないでしょうか。
神の恵みによって罪赦され、日々を神の恵みの中で生きることができることを、私たちは常に思い起こし、喜び、主なる神に感謝を捧げて生きていきたいと願います。

そして主なる神は、とうとう最後の災いを、エジプトに下そうとされました。過越、はその最後の災いに関することでした。
その最後の災いは、エジプト中で全ての初子(最初に生まれたこども。人も家畜も)が死ぬ、というものでした。そして主はイスラエルの民たちの家には、その災いが降りかからないようにしてくださったのです。
その災いが、イスラエルの民たちには降りかからない、すなわちその災いが彼らを“過越し”ていく、という意味で、この出来事が“過越”と言われるようになりました。
主は「過越」に関するその定めを、今日の箇所の中で事細かにモーセとアロンに伝えました。 
過越に関してまず、神からモーセとアロンに伝えられたことは、「この月をあなたたちの正月とし、年の初めの月としなさい」でした(2節)。

それまで、ユダヤの新年は秋頃(9月)から始まっていました。しかし、神がイスラエルの民たちをエジプトから救い出すというその出来事を、彼らにとっての信仰上の新しい年の初めとするように命じたのです。
神の救いの業を記念し、イスラエルの民たちが新しい命を頂いたことを覚えているために、神はその月(それは3月と言われます)を新しい年の最初の月とするように彼らに命じたのです。
現在の私たちにとっても、イエス・キリストによって救われる、新たに生まれるということは、まさに新しい命の始まりです。キリストの救いが私たちの新しい命の出発点となります。
イエス様による救いの業を私たちは信仰の出発点(新年)としていつも心に覚え、信仰の暦(日々)を歩んでいきたいと願います。
そして過越について次に神によって人々に命じられたことは、“家族ごとに小羊を一匹用意する”ということです(3節)
過越という主からの恵みは、個人ではなく、”家族単位”で享受するということが、ここで表されています。
ここでの家族は血縁の家族よりも、むしろ同じ主を信じる信仰の家族を表わすと私たちは理解したほうがよいでしょう。

聖書の伝える信仰は、個人個人がばらばらに受け取り信じるものではなく、神の恵みを信仰の家族で分かち合って頂くという信仰なのです。
しかも、その小羊一匹が一家族では食べきれない場合には、隣の家族と分け合うということも定められています(4節)。
私たちも、頂いた信仰の恵みを、信仰の家族同士で共に頂き、喜び、そして私たちがいただいた、余るほど溢れる信仰の喜びを、私たち以外の他の方々とも分かち合いたいと願います。

そして私たちの信仰の家族へ、一人でも多くの方々を招きいれたい、迎え入れたいと私たちは願うのです。それが主なる神が定められた、私たちの信仰のありかたなのです。
そのようにして用意された小羊が屠られ、そしてその血を取って、家の入口の二本の柱と鴨居(戸の上の横柱)に塗るようにと定められます(7節)。
そして13節に書かれているように、最後の災いが降りかかる時、家の入口に小羊の血が塗ってある家は、その災いが降りかかることなく過越していく、と神が約束をしてくださったのです。
これが過越祭の由来となりました。神はイスラエルの民たちに、代々この過越を、主が彼らを滅ぼさずエジプトから救い出して下さったことを記念するために、行い続けることを命じられました。
この過越は、イスラエルの民たちによって、出エジプトの後からずっと守られ(祝われ)、イエス様の時代でも大切な祝祭として祝われていました(現代でも、ユダヤ教にとっては大切な祝祭の一つとして守られ続けています)。

今、イエス・キリストを信じるキリスト者は、過越を祝うことは致しません。それは過越の意味が、イエス様によって完全に変えられたからです。
それは、“イエス様ご自身が、私たち全ての人間の罪を赦すための、過越の小羊となってくださった”ということです。
新約聖書の『ヨハネによる福音書』1章で、バプテスマのヨハネという人が、イエス様が自分のほうへ来られるのを見て、次のように言いました。

「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ」(ヨハネ福音書1章29節)。

そしてイエス様が捕まり、十字架にかけられる前に、イエス様が弟子たちと最後の食事をしたのも、それは過越の食事でした。
マタイ福音書では26章に、イエス様と弟子たちの最後の食事、過越の食事の場面が描かれています。そしてイエス様はその時に、後に弟子たちがご自分を記念して行うようにと“主の晩餐”を制定されました(マタイ26章26~30節)。
そして今でも私たちは、“主の晩餐”を、私たちの教会では一ヶ月に一回、イエス様が命じられた通りに行っています。
イエス様の体と血が、私たちの罪が赦されるためにささげられた出来事を、私たちは主の晩餐を通して、パンと杯(ぶどう酒)をイエス様の体と血の代わりとして用いることで、いつも思い起こすのです。
ここで、出エジプトの過越の起源となった出来事(それは紀元前1400年頃の事と言われます)と、イエス様が定められた主の晩餐(今から2000年前)が、信仰的に非常に関係の深いものであることが分かります。

そしてキリスト者は、イエス様が死んで復活して天に昇って行かれてから、主の晩餐を大切な礼典(ordinance, rituals)として守って来ました。

今もわたしたちは主の晩餐を通して、イエス様という尊い犠牲の献げものによって、私たちの罪が赦されたことを、その度に思い起こし、感謝の念を新たにします。
イエス様という、罪を取り除く小羊によって、私たちの上を、主の災い(罰)が過越していったと、私たちは理解してよいのです。
主が、イスラエルの民たちに過越を代々守ることを命じたのも、そしてイエス様が主の晩餐をキリスト者が代々守ることを命じたのも、それは神の救いの恵みを私たちが決して忘れることがないため、でした。
そして、主の晩餐ではパンとぶどう酒(ぶどうジュース)という食べ物と飲み物を用います。
そうすることで、私たちは生きている身体の感覚も用いて(心だけでなく)、主の命じられた晩餐を頂きます。

身体的にも主の晩餐に与ることを通して、私たちは確かに、身体をもってこの世界に生きている、生きることを赦されている、ということを再確認するのです。
主の晩餐の中で、パンとぶどう酒は、言わば象徴的な役割を果たします。しかし、その基となった過越の出来事と、そしてイエス・キリストの十字架の上での死は、確かに起きた出来事です。それは歴史的事実、私たちの信仰にとっての真実です。
私たちは、聖書を通して伝えられる神の救いの出来事、主の過越によってイスラエルの民たちの家には災いが降りかからずに彼らが救われた出来事を、私たち自身の救いの物語として、これからも聞き続けていきましょう。
そして私たちの罪をイエス・キリストが代わりに負ってくださった出来事を、主の晩餐を繰り返す行うことで私たちはいつも思い起こし、感謝をもって信仰の日々を生きていくという決意を、新たにしていきたいと願います。